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広島高等裁判所 平成7年(ネ)139号 判決

乙事件控訴人・甲事件被控訴人(以下「一審原告」という。)

胡田敢

右訴訟代理人弁護士

古田隆規

島方時夫

本田兆司

武井康年

石口俊一

大迫唯志

小田清和

坂本彰男

久保豊年

山下正樹

乙事件被控訴人(以下「一審被告県」という。)

広島県

右代表者知事

藤田雄山

右指定代理人

向井三雄

外五名

乙事件被控訴人・甲事件控訴人(以下「一審被告国」という。)

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

永谷進

一審被告両名指定代理人

村瀬正明

主文

一  一審原告及び一審被告国の控訴をいずれも棄却する。

二  一審原告の控訴費用は一審原告の、一審被告国の控訴費用は一審被告国の各負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  一審原告

(乙事件の控訴の趣旨)

1 原判決を次のとおり変更する。

2 一審被告らは、一審原告に対し、各自一〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

(甲事件の控訴の趣旨に対する答弁)

1 一審被告国の控訴を棄却する。

2 控訴費用は一審被告国の負担とする。

二  一審被告国

(甲事件の控訴の趣旨)

1 原判決中の一審被告国の敗訴部分を取り消す。

2 一審原告の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

(乙事件の控訴の趣旨に対する答弁)

1 一審原告の控訴を棄却する。

2 控訴費用は一審原告の負担とする。

三  一審被告県

(乙事件の控訴の趣旨に対する答弁)

1 一審原告の控訴を棄却する。

2 控訴費用は一審原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、一審原告において、平成三年一〇月一四日(以下「本件当日」という。)午後一時前ころ、被疑者甲野太郎(以下「被疑者甲野」という。)の弁護人であった一審原告が、広島県広島東警察署(以下「東署」という。)に赴き、被疑者甲野に対する接見を申し入れたにもかかわらず、東署警務課管理係であった乙山次郎巡査(以下「乙山巡査」という。)及び広島地方検察庁検察官であった丙川三郎検事(現在は広島弁護士会所属弁護士、以下「丙川検事」という。)から妨害を受け、被疑者甲野と接見を果たせなかったことにより精神的苦痛を蒙ったとして、国家賠償法一条一項に基づき、一審被告国及び一審被告県に対し、慰藉料として各自一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一〇月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ、原審が、一審被告国に対し、一万円及びこれに対する平成三年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じ、一審被告県に対する請求を棄却したため、一審被告国(甲事件)及び一審原告(乙事件)から控訴が申し立てられた事件である。

一  前提となる事実

前提となる事実は、次に付加又は訂正するほかは、原判決の「基本的事実関係」欄(原判決五頁五行目から一七頁七行目まで)に記載のとおりであるから引用する。

1  原判決六頁末行の「拘束された」の後に「(争いがない。)」を加える。

2  原判決八頁初行から二行目にかけての「同時には」を「平成三年一〇月一八日ころまで」に改める。

3  原判決一〇頁二行目の「原告ら」を「一審原告及び中丸弁護士」に改める。

4  原判決一一頁四行目から五行目にかけての「そのような短い時間の接見では意味がないと判断してこれも拒絶し、」を「午後零時から一時までの時間帯は被疑者が昼食をとる時間帯に当たるから接見を認めるべきではないと考えてこれも拒絶し、」に改める。

5  原判決一二頁五行目の「勾留後」の後に「も同月一五日まで」を、同頁九行目の「接見を申し入れた」の後に「(以下「本件申入れ」という。)を、それぞれ加える。

二  争点

本件の主要な争点とこれに対する当事者の主張は、次に付加又は訂正するほかは、原判決「争点」欄(原判決一七頁九行目から三八頁、末行)に記載のとおりであるから引用する。

1  原判決一七頁九行目から一八頁五行目までを次のとおり改める。

「 本件の主要な争点は、一審原告がした本件申入れに関し、丙川検事がした措置及び乙山巡査の対応ないし措置が、国家賠償法一条一項にいう故意又は過失により違法に原告の接見交通権を侵害するものと認められるか否かであり、これに関する当事者の主張は、以下のとおりである。」

2  原判決二〇頁六行目の後に行を改め、次のとおり加える。

「 また、憲法は三一条において、総則的に法定手続の保障を明確にし、かつ、三三条以下において刑事手続上の諸規定を定めているが、その趣旨は、弾劾的捜査観すなわち、刑事手続において当事者主義を徹底することを明らかにしたことにある。右憲法の基本理念に照らすと、刑事訴訟法三九条三項は、接見交通権を制限する主体が捜査官であること、捜査の必要性を制限根拠としていること、ただし書きにおいても捜査官が第一次判断権者であること、接見指定権の行使が直接執行力を有しており、違法不当な指定権の行使に対し、被疑者及び弁護人に防御権が与えられていないことの各点において、当事者主義の原則に反する規定として憲法に違反する。」

3  原判決二〇頁一〇行目を「(二)刑事訴訟法三九条三項と国際人権規約」に、同頁一一行目「人権B規約一四条三項」を「市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号。以下「人権B規約」という。)一四条三項」に、それぞれ改める。

4  原判決二一頁一〇行目から二二頁初行までを次のとおり改める。

「 右規定b(以下「b規定」という。)を人権B規約の解釈基準となる国際機関の判断等をふまえて解釈すると、刑事訴訟法三九条三項は、制限の要件として「捜査のため必要があるとき」とのみ規定し、「安全と秩序を維持するため必要不可欠の場合」との要件を欠いていること、その制限要件の判断主体が「捜査官」となっており、「司法機関もしくはそれに準ずる独立公平な機関」となっていないことの各点において、b規定が保障する接見交通権に違反する。」

5  原判決二四頁六行目の「乙山巡査は、」の後に「単に監獄の長らに対する事務連絡にすぎず、何らの法的拘束力も有しない」を、同頁七行目の「怠った」の後に「ことにより、一審原告が、本件当日午後零時四五分から一時二〇分までの三五分間もの間、取調べを受けることなく留置場に居た被疑者甲野と接見することを妨害した。」を、それぞれ加える。

6  原判決二五頁三行目の「公権力の行使であり、」の後に「かつ、丙川検事には過失があるから、」を加える。

7  原判決二五頁六行目の後に行を改め、「(1) 行為の違法性」を加え、同頁七行目の「(1)」を「①」に、二六頁四行目の「(2)」を「②」に、それぞれ改める。

8  原判決二七頁七行目から末行までを次のとおり改める。

「③ 丙川検事は、接見指定権を行使するに際し、弁護人と誠実に協議し、できるだけ速やかに接見が開始できるよう配慮し、これを現実に一審原告に告知すべき義務があったのにこれを怠り、合理的でかつ効率的な捜査の必要から今日は接見できず明日ならいつでも接見を認めるなどという対応をした上、一方的に接見指定の協議を打ち切ってしまったのであるから、右の点でも違法である。」

9  原判決二七頁末行の後に、行を改め次のとおり加える。

「(2) 過失

丙川検事は、右で述べたとおり、「取調べの予定がある」との一点をもって、画一的、形式的に指定権行使の要件の有無を判断したのであり、この点に過失があることは明らかである。すなわち、丙川検事は、本件被疑事件を担当した検察官として、接見交通権の重要性に鑑み、指定権行使の要件の存否を慎重に判断すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、原審の法廷で自ら証言したとおり、単に野球の裏表、トランプの順番のごとき感覚のもとに、本件当日は検察官のわがままが許される順番であるとの意識のみに基づき、本件申入れを拒絶したものである。」

10  原判決二八頁二行目「原告は、被告らに被疑者甲野との接見を妨害されたため、」を「一審原告は、前記のとおり乙山巡査及び丙川検事に本件申入れを拒絶され接見を妨害されたため、」に改める。

11  原判決二八頁四行目の「これによる原告の」から五行目までを、次のとおり改める。

「そして、本件は、一捜査官である巡査や検事の違法行為に止まらず、一審被告らの、被疑者に対する人権あるいは弁護人に対する弁護権の軽視により引き起こされた違法行為である。これにより被害を蒙った一審原告は、憲法を遵守し、人権を擁護する司法の一員として、その法制度や被疑者の人権や弁護人の弁護権に対する一審被告らの姿勢を是正するために、本件訴訟を提起せざるを得ない立場に立たされたのである。この是正を求める労力もまた損害(慰藉料)として評価されなければならない。以上の事情を勘案すると、一審原告に対する慰藉料は少なくとも一〇〇万円を下らない。」

12  原判決三六頁四行目の後に行を改め、次のとおり加える。

「すなわち、捜査機関は、時間の制約などの法律上の厳格な制約のなかで、犯罪捜査を行い、被害者の取調べの進展に応じて必要な裏付け捜査や共犯者の取調べ等を行いつつ、事案の実体的真実を明らかにし、適正な処分を決しなければならない。したがって、犯罪捜査は、事案によって多少の差はあるとはいえ、原則として組織的計画的に進めざるを得ず、その中でも、被疑者の取調べが犯罪捜査における大きなウエイトを占めざるを得ないことも自明の事柄である。そのため、間近い時に確実に被疑者の取調べを開始する予定がある場合、その開始予定が遅れることは、通常、捜査の中断による支障が顕著なのである。これをより一般的、具体的にいえば、被害者の取調べ結果いかんにより、その裏付け捜査や共犯者の取調べ等が行われるのであるから、被疑者の取調べ開始予定時刻が遅れることは、必然的に、組織的計画的に進められるべき他の捜査事項に波及的な影響を及ぼすものなのである。このことからすると、「間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合」は、「捜査の中断による支障が顕著な場合」となって、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」に該当し、接見指定権を行使することが許されるというべきである(最高裁判所平成三年五月一〇日第三小法廷判決(民集四五巻五号九一九頁以下(以下「平成三年最高裁判決」という。)参照。)

もっとも、平成三年最高裁判決には、「捜査機関が、弁護人等の接見申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であっても、その日の取調べを終了するまで続けることなく一段落した時点で右接見を認めても、捜査の中断による支障が顕著なものにならない場合がないとはいえないと思われるし、また、間近い時に取調べをする確実な予定をしているときであっても、その予定開始時刻を若干遅らせることが常に捜査の中断による支障が顕著な場合に結びつくとは限らないものと考える。したがって、捜査機関は、接見等の日時を指定する要件の存否を判断する際には、単に被疑者の取調べ状況から形式的に即断することなく、右のような措置が可能かどうかについての十分な検討を加える必要があり、その指定権の行使は条理に適ったものでなければならない。」との補足意見が付されている。この補足意見は、最高裁判所裁判官の意見として尊重に値するとしても、法律的には補足意見という名の少数意見にすぎないものであり、これが直ちに一般的基準となり得るものでないことはもちろんであり、その点をおくとしても、同意見は、取調べ開始予定時刻を若干遅らせることが「常に」捜査の中断による支障が顕著な場合に限らないと述べていることからすると、同意見も、間近い時に取調べをする確実な予定をしているときは、原則として「捜査の中断による支障が顕著な場合」に当たることを当然の前提としているのであって、例外的に、その予定開始時刻を若干遅らせても捜査の中断による支障が顕著な場合に当たらないような事情がうかがえる場合には、更に十分な検討を加えるべきであるということを注意的に指摘したものと解されるのである。」

13  原判決三七頁二行目から三行目にかけての「予定を組んでいた」を「予定を組んでおり、」と改め、その後に次のとおり加える。

「しかも、本件当日の被疑者甲野に対する取調べは、共犯者らが否認している状況において、その共謀立証に欠くことのできない騙取金の分配状況に関するものであったため、被疑者甲野に対する取調べ結果いかんによっては、既に勾留一一日目になっていたこともあって、早急に銀行捜査等の裏付け捜査を行うのはもとより、被疑者甲野の供述を基にして、共謀関係を否認している共犯者丁沢らを追及して取調べを進める必要があった。なお、本件当日午後零時三分にいったん取調べを中断したのは、被疑者甲野に対する人権配慮上昼食及び休憩時間として一時間程度を与える必要があると判断したからにほかならず、他方前記理由により被疑者甲野に対する取調べはこれをできるだけ早く再開する必要があったので、取調べ再開予定時刻も午後一時とせざるを得なかった。」

14  原判決三八頁五行目から一〇行目までを次のとおり改める。

「その上で、丙川検事が、一審原告に対し、本件当日接見の緊急性や必要性について質問したのに対し、一審原告は、接見目的を検察官に明らかにする必要はなく、昼休み時間に接見を申し出た本件においては、当然接見が認められるべきとの考えに立って、丙川検事の右質問に対する回答を拒否した。また、翌日の接見日時につき、より詳細な指定をしなかったのは、丙川検事が、一審原告に対し、翌日以降ならいつでも一審原告の希望する時間に被疑者甲野との接見を認める旨を申し入れたにもかかわらず一審原告が右のとおり自己の主張に固執して右申入れに応じなかったためである。

丙川検事は、右のとおり一審原告が即時の接見に固執し、電話による押し問答が一五分間以上も続いたため、協議は不調に終わったものと判断して、電話を切った。」

15  原判決三八頁末行の「接見指定」を「措置」と改め、同行の後に行を改め、次のとおり加える。

「さらに付言するに、そもそも捜査官は、捜査の状況を一次的に把握し、その流動的要素にも配慮しつつ、限られた時間的制約の中で、真相の解明に向けて合理的かつ効率的捜査方針を策定しているのであるから、捜査上の支障の有無の判断は原則として捜査官の裁量に任されており、その判断が著しく合理性を欠いて裁量の範囲を逸脱していると認められる場合にのみ、その判断の違法性が問題となるにすぎないと解するのが相当であるから、この点からみても、丙川検事の措置には何らの違法もない。

(三) 丙川検事には過失がない。

前記のとおり、丙川検事が、平成三年最高裁判決によって示された具体的指定要件の判断基準に従い、被疑者甲野の取調べが間近い時に確実に予定されていることを認識したので、捜査の中断による支障が顕著であると判断して具体的指定権を行使したことは明らかである。ところで、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、後にその公務の執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があったものとすることはできないのであるから、仮に、万一丙川検事の行為が違法であるとの判断がなされたとしても、丙川検事に過失があるということはできない。

4 一審被告国の主張に対する一審原告の反論

一審被告国は、平成三年最高裁判決を、「間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合」は、「捜査の中断による支障が顕著な場合」となって、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」に該当し、接見指定権を行使することが許されると解釈すべきと主張する。しかし、このような解釈は、刑事訴訟法三九条三項が同条一項の例外規定として定められ、原則自由な接見交通権を一定の場合に限り制限するとの法の趣旨を全く理解していないものである。平成三年最高裁判決が述べる「捜査の中断に顕著な支障」とは、一審被告国が主張するような一般的抽象的影響ではなく、捜査に対する具体的に回避不可能なあるいは回復不可能な影響を及ぼす場合をいうことは当然であり、補足意見は、「捜査の中断に顕著な支障」についての具体的な内容を明確にするため、具体的な場合を例示したものというべきである。

この観点からみると、本件申入れがなされた際には、取調べの確実な予定はなく、確実な取調べの間近でもなかったし、丙川検事が平成三年最高裁判決の趣旨に従って接見指定要件につき十分な検討を加えたとも到底認めがたい。」

第三  証拠

原審及び当審各記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから引用する。

第四  当裁判所の判断

一  当裁判所も、刑事訴訟法三九条三項は憲法三四条前段及び人権B規約に違反しないし、本件申入れに対する乙山巡査の対応及び措置に違法はないが、本件申入れに対する丙川検事の措置は違法であり、かつ、過失があると判断する。その理由は、次に付加、訂正又は削除するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」欄中の「一ないし三」(原判決三九頁二行目から五九頁九行目まで)記載のとおりであるから引用する。

1  原判決四〇頁二行目の「決して」を「その意味では」に、同頁四行目の「憲法三四条」から六行目までを「憲法三四条前段も、右調和を図るために、法律の規定をおいて弁護人の接見交通権を必要やむを得ない範囲で制限することまでも否定した趣旨とは解されず、刑事訴訟法三九条はこれを具体化した法律の規定であるということができる。」に、それぞれ改める。

2  原判決四〇頁一〇行目の「弁護人の弁護権や」から四一頁初行までを、次のとおり改める。

「弁護人の弁護権や被疑者の防御権を不当に制限するものでなければ、同項の規定は、憲法三四条前段に違反するものではないということができるし、一審原告が主張する刑事手続の当事者主義が憲法の指向する理念であることは理解できるとしても、そのことから直ちに刑事訴訟法三九条三項が憲法に違反するとの解釈を導くことはできない。」

3  原判決四一頁三行目の「解することはできず」の次に「(なお、b規定は、捜査機関に許容された起訴前勾留の期間、強制捜査権限の範囲等の刑事司法手続全体との関連で解釈されるべきであり、一審原告が主張するような限定解釈をすべき根拠は未だ見い出し難い。)」を加える。

4  原判決四二頁初行の「支障が顕著な場合」から三行目の「措置を採るべきである。」までを「支障がある場合(具体的指定要件が存在する場合)以外には接見の申入れを拒否することはできず、右申入れを拒否し新たな接見日時等を指定できる場合であっても、弁護人ができるだけ速やかに接見を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保できるように配慮すべきである。」に、同行の「そこで」を「このことからすると」に、同頁八行目の「(最高裁判所平成三年」から同頁九行目の「九一九頁)。」までを「(平成三年最高裁判決参照)」に、それぞれ改める。

5  原判決四三頁三行目の「許されない」を「許されず、」に改め、その次に、「接見の申入れを認めたときは、捜査全体にどのような影響があるかにつき慎重な検討を怠ってはならない」を加える。

6  原判決四三頁三行目の「蓋し、」から四四頁四行目までを次のとおり改める。

「なぜならば、本件被疑事件のように、共犯者が存在し、しかも被疑者らが否認しており、接見が禁止されている事件においては、勾留の全期間を通じて、昼食、夕食等を含む休息時間を除き、午前中から深夜に至るまでの取調べが行われることが通常である(本件被疑事件についての被疑者甲野の具体的取調べ経過については後に認定する。)ことからすると、本来はそのような事件こそ弁護人の接見交通権の役割が重大であり、その機能を果たすことが期待される場面であるにもかかわらず、間近い時に取調べが予定されていることにより、直ちに具体的接見指定要件を充足するとの解釈に立つときは、これを理由として弁護人の接見が原則として行えない事態を許容する結果となるからである。弁護人の接見交通権が憲法の保障に由来するものであり、弁護人の固有権の中で最も重要なものの一つであることに鑑みれば、捜査機関の接見指定権の行使は必要やむを得ない例外的措置であることは明らかであり、平成三年最高裁判決の補足意見は、捜査機関の採るべき態度を例示することによりこの趣旨を明確化したものというべきであるから、この点に関する一審被告国の主張は採用できない。このことからすると、捜査機関としては、間近い時に取調べをする確実な予定をしているときであっても、その開始を若干遅らせることにより捜査に顕著な支障が生じるか否かあるいは取調べ終了時刻を遅らせることにより捜査への影響を回避できるか否か等を慎重に検討することにより、顕著な支障がないあるいはこれを回避できるとの判断に至った場合には、弁護人の接見交通権の重要性に鑑み、多少取調開始時刻を遅らせてでも、接見を認めるべき義務があるというべきである。

刑事訴訟法三九条三項の規定の趣旨をこのように解するときは、この規定が憲法三四条前段や人権B規約一四条三項に反するものとはいえない。」

7  原判決四四頁五行目の「証拠」から六行目の「弁論の全趣旨)」までを「証拠(甲六、一二、一三、乙一、二、一〇ないし二七、原審証人乙山、同丙川の各証言、原審における一審原告本人尋問の結果、原審における調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨)」に改める。

8  原判決四四頁末行の「そして、」から四五頁八行目の「状況を把握していた。」までを、次のとおり改める。

「本件被疑事件の捜査は、被疑者甲野については、登記簿原本の窃盗及び偽造等についての丁沢との共謀は否認し続けているものの、一〇月九日からは、平社長に対する詐欺の犯意及びこれについての丁沢との共謀は一応認め、その経過についての供述を行い、同日から連日供述調書の作成に応じていたこと、他方、丁沢は自己の単独犯行を主張して調書の作成にも応じない状況であり、他の被疑者も関与を一切を否認していたことから、被疑者甲野の取調べを中心として捜査を進めなければならない状況にあった。丙川検事は、警察における捜査状況については川崎巡査部長から報告を受けていたほか、一〇月一一日には自らも被疑者甲野を取調べたことから、右捜査の状況を十分に把握していた。」

9  原判決四六頁六行目の後に行を改め、次のとおり加える。

「2 勾留期間中(起訴前)の被疑者甲野の取調べ状況

留置場出入簿(調査嘱託の結果)と被疑者甲野の自筆ノー卜(甲一二)から判明する被疑者の甲野の取調べ時間とその目的等は次のとおりである。〈編注:別表参照〉なお、以下で「取調べ」とは東署刑事二課での取調べを、「検取調べ」とは検察庁での取調べを意味する。

10  原判決四六頁七行目の「2 本件当日の経緯(本件申入れの拒絶の事実等)を「3 本件当日の経緯(本件申入れの拒絶等)」に改め、同頁八行目の冒頭に(一)を加える。

11  原判決四八頁三行目の「しかし、」を「そこで、」と改め、同頁四行目の「本件申入れが」から五行目の「思案しつつも、」を削除し、六行目の「午後一時前ころ」を「午後一時ころ」に改める。

12  原判決四八頁九行目から一〇行目にかけての「その取調べが重要であると判断し、」を「間近に確実な取調べ予定があることから具体的接見指定要件があると即断し、」に改める。

13  原判決四九頁三行目の後に行を改め、次のとおり加える。

「このことは、イ 丙川検事の一審原告に対する第一声が、「今日は夜まで取調べ予定を組んでいるので会わせられない。接見は明日以降ならいつでもどれだけでも会わせる。」というものだったこと、ロ その後の会話のやりとりの中でも、一審原告が、被疑者甲野との即時接見を何とか果たそうとして、丙川検事に接見を認めない理由を問いただしたのに対し、丙川検事は、「限られた勾留期間の中で合理的かつ効率的な捜査を行うために取調べ予定を組んでいるので今日は接見を認めない。」としか回答せず、被疑者甲野に対する取調べの開始を遅らせることができない理由につき何ら具体的に述べていないこと(右認定に反する原審証人丙川の証言は、一審原告本人尋問の結果に照らして採用できない。)、ハ さらに、本件被疑事件を通じての一審原告及び中丸弁護士の接見申入れに対する丙川検事の対応(一〇月八日は、最初の接見申入れであることを理由に取調中であっても、接見を認め、中丸弁護士がした一〇月一二日昼食中の接見申入れに対しては、昼食中であることを理由に指定権を行使して翌一三日の接見を認め、一八日の接見申入れに対しては、本件で接見を認めなかった経緯もあって、取調中であっても接見を認めた。)と丙川検事が原審の証言中で、一審原告に対し「明日以降ならいつでも会える。」旨を述べた理由として、「野球でも裏表があり、トランプでも双方に順番があるから、翌日以降であれば、捜査側が自重し、弁護人の接見を優先させるべきである。」旨を、また、「接見できない状態をいつまでも引伸ばすことはできないので、一四日(本件当日)に接見の申入れがあれば、一五日には認めるが、一五日にいきなり接見の申入れがあれば、本件と同様に判断した。」旨を述べていることを総合すると、丙川検事の接見指定要件あるいはその行使についての基本的な考え方は、本件被疑事件のように、連日の被疑者に対する取調べが見込まれ、現にこれが行われている事件については、具体的接見指定要件は常に存在するとの認識判断の下に、具体的接見指定権を行使する検察官の心構えとして弁護人の接見交通権にも一定の配慮をすべきとの考えに立って、その範囲で、弁護人の接見を認めるというものであったことが認められる。

なお、丙川検事は原審の証言中で、「川崎巡査部長から本件当日の被疑者甲野に対する取調べが騙取金の分配についてのものであると聞いたことから、その裏付け捜査が必要であり、具体的には費消先あるいは預入れたとする銀行等に対する照会の必要性があると判断した。」等本件当日午後一時からの取調べの必要性につき具体的な検討をしたかのごとき供述をする。しかし、このような検討をしたことは、丙川検事の申述書(乙二七)にも全く触れられていないことからみても、本件当日に考慮したことではなく、原審の証言時に、一審原告代理人から、本件当日の取調べの重要性とは何かとの質問に対し、頭に浮かんだ事柄を一つの可能性として述べたにすぎないことが認められるから、右供述はにわかに採用することができず、前記認定を左右するものではない。

一審被告国は、丙川検事が、本件当日の取調べの結果次第では、騙取金の分配状況に関して金融機関に対する裏付け捜査等の必要があると考え、本件当日の捜査の重要性をも考慮して、本件申入れを認めることは「捜査の遂行に支障の生じるおそれが顕著に認められる。」と判断した旨主張するが、前記理由により採用できない。

(二) そして、丙川検事は、午後一時三分ころ、東警察署留置場事務室に電話し、乙山巡査に対し、「被疑者甲野は取調べがあるので弁護士と会わせず、取調べに出させて下さい。」と伝えたが、乙山巡査が、勾留事務室が通路に当たるので、一審原告と会わせずに連れ出すのは困難である旨を答えたので、一審原告と電話をかわるよう述べ、電話に出た一審原告と前記認定のやりとりをし、一五分経過したころ、「同じことの繰返しになる。他の仕事もあるし、電話を切る。」と告げて電話を切った。

別表

月日

出場時間

入場時間

目的

備考

一〇月四日

八時二〇分

一四時五五分

勾留手続

一五時二六分

一七時二〇分

取調べ

一〇月五日

八時二〇分

一二時三分

取調べ

一三時

一七時七分

取調べ

一七時四四分

二二時五分

取調べ

一〇月六日

一〇時五分

一一時五五分

取調べ

一二時四〇分

一七時一〇分

取調べ

一八時四一分

二一時二四分

取調べ

一〇月七日

一〇時四五分

一二時三分

取調べ

一三時五九分

一七時二分

取調べ

一八時五一分

二〇時五二分

取調べ

一〇月八日

一〇時一〇分

一一時五〇分

取調べ

一三時五分

一四時一一分

取調べ

一審原告接見

一五時三〇分

一七時一〇分

取調べ

一八時一三分

二一時四五分

取調べ

一〇月九日

九時五分

一二時四分

取調べ

一二時五五分

一六時

勾留理由開示

一六時四分

一六時五五分

取調べ

一七時四五分

二二時一三分

取調べ

一〇月一〇日

午前中

薬剤散布のため取調べなし

一三時五〇分

一七時五分

取調べ

一七時三四分

二二時五八分

取調べ

一〇月一一日

八時三〇分

一二時五〇分

検取調べ

一三時四〇分

一六時五九分

取調べ

一八時八分

二二時三五分

取調べ

一〇月一二日

八時四〇分

一二時一〇分

取調べ

一三時一五分

一七時二分

取調べ

一七時五二分

二二時四五分

取調べ

一〇月一三日

九時三八分

一一時四六分

取調べ

中丸弁護士接見

一三時五一分

一七時四分

取調べ

一八時八分

二〇時五三分

取調べ

一〇月一四日

一〇時三〇分

一二時三分

取調べ

本件当日

一三時二五分

一七時

取調べ

一八時八分

二一時二〇分

取調べ

一〇月一五日

一三時一九分

一五時七分

取調べ

一五時二五分

一七時一五分

取調べ

一八時四〇分

二二時

取調べ

一〇月一六日

八時三〇分

一六時四五分

検取調べ

一七時三五分

一九時

取調べ

一九時五〇分

二一時九分

取調べ

一〇月一七日

九時一五分

一一時五二分

取調べ

一三時二二分

一七時

取調べ

一七時四二分

二〇時二五分

取調べ

一〇月一八日

九時四五分

一二時一四分

取調べ

一三時九分

一六時四二分

取調べ

一審原告・中丸弁護士接見

一九時四三分

二二時五分

取調べ

一〇月一九日

八時五五分

一一時五九分

取調べ

一二時五〇分

一八時二八分

検取調べ

一九時四一分

二一時五二分

取調べ

一〇月二〇日

八時四五分

一二時五〇分

検取調べ

一三時一五分

一七時

取調べ

一八時一五分

二一時二〇分

取調べ

一〇月二一日

九時五分

一二時四五分

検取調べ

一三時四九分

一七時三六分

取調べ

一九時二二分

二〇時四七分

取調べ

一〇月二二日

八時五四分

一一時五九分

取調べ

引き当たり捜査

一三時三三分

一七時三〇分

取調べ

一八時三二分

二一時五五分

取調べ

一〇月二三日

八時五五分

一二時八分

取調べ

一二時三〇分

一六時五七分

取調べ

一七時四〇分

二一時五〇分

取調べ」

(三) なお、本件当日の被疑者甲野の取調べ状況についてみるに、川崎巡査部長に対する平成三年一〇月一三日及び同月一四日付け供述調書(乙一九、二〇)並びに被疑者甲野の日記(甲一二)の平成三年一〇月一三日、一四日欄によると、一〇月一三日には、被疑者甲野の平社長に対する六〇〇〇万円の欺岡行為の状況を、一〇月一四日には、右欺岡行為の状況の続きと騙取した金員の分配状況につき調書が取られていることが認められるほか、被疑者甲野の両日の取調べに対する感想を右日記から抜粋すると、一三日午後の取調べについては、「取調べの方は栄能産業の借入状況なので、自分でも認めて(当初より)いる部分なので、今までの三倍くらいのスピードで進む。何だか自分の思いどおりに進むと気持ちのいいもんである。自分のために一銭の利益もないが……」というものであり、一四日の午前、午後(夕方以降は除く。)取調べについては、「栄能産業からの六〇〇〇万円借入状況の調書の為すべて認めている部分なので何も問題なくスムースに進む。(中略)今は都合三回に分けて事務所内等の人の配置図を書けという。まあまあのところで適当に書いて提出する。」というものである。この記載(なお、右日記の記載は、これを本件被疑事実に関する被疑者甲野の役割を認定するために使用するとの観点からは、その信用性に多大な疑問があるが、本件被疑事実の取調べ経過とこれに対する被疑者甲野の対応や感想を認定するために使用する限りその信用性を肯定してよいと判断する。)からすると、本件当日の取調べについて、捜査側と被疑者甲野との間に、特筆すべき緊張関係や緊迫感が生じていたとは認められず、むしろ、被疑者甲野において、既に自白済みの事柄について淡々と取調べに応じている様子を窺うことができる。

右事実によると、一審被告国が主張する本件当日の被疑者甲野の取調べの重要性、緊急性及び必然性は、先に認定した本件被疑事件のその後の経過等からみて抽象的にはこれを肯定できるとしても、本件当日の取調べ結果から具体的に判断する限り、未だこれを認めることはできず、したがって、本件当日午後一時からの取調べ予定を若干遅らせることにより、捜査の中断による支障が顕著であったとまでは認め難いというべきである。」

14  原判決五一頁三行目の「ものである。」の次に、「なお、合理的な時間を経過しても、なお指定権限を有する者との連絡がとれない場合には、留置業務を担当する者は、指定権限を有する者が具体的接見指定権を行使しないものとして、接見に応ずべきであることは、後述する本件通知の趣旨から明らかである。」を加える。

15  原判決五一頁九行目の「本件の場合、」を「右観点から本件をみるに、」に、五二頁二行目の「したものである。」を「したものであり、」に、それぞれ改め、同行の「そして、」から同頁三行目の「ものであり、」までを削除する。

16  原判決五四頁初行の「(なお、」から三行目の「応ずべきことになる。)」までを削除する。

17  原判決五四頁六行目の「しかし、丙川検事が、」の後に「川崎巡査部長から午後一時から被疑者甲野の取調べを予定していることを聞いた後、直ちに、乙山巡査に対し、被疑者甲野を一審原告と会わさずに取調べに出す旨を指示し、その後の一審原告との協議においても、」を加える。

18  原判決五四頁末行から五五頁三行目までを、次のとおり改める。

「なぜならば、先に判示した刑事訴訟法三九条三項の趣旨に鑑みれば、捜査機関は、接見開始希望時刻が取調べ開始予定時刻に近接している場合であっても、右取調べの重要性、取調べ開始時刻を遅らせることによる捜査への影響等を具体的に検討して、弁護人の接見希望時間との調整を図った上、なお、弁護人の接見を認めることにより捜査の中断による支障が顕著であると判断した場合でなければ、弁護人接見申入れを拒否し、具体的接見指定権を行使することは許されないというべきだからである。」

19  原判決五五頁四行目から五六頁一〇行目までを削除し、同頁末行から五八頁一〇行目までを、次のとおり改める。

「右観点から本件をみるに、確かに、捜査は流動的なものであり、事前に展開を予測し難い面があることは否定できず、捜査の状況を一次的に把握しているのは捜査官であるから、捜査の支障の有無の判断において捜査官の判断を尊重すべきであるとの一審被告国の主張は首肯し得るものであるが、本件においては、丙川検事は、本件当日の取調べが利益の配分状況について取り調べるものであることを川崎巡査部長から聞くことにより、抽象的には本件取調べが重要でかつ被疑者甲野の供述内容いかんによっては裏付け捜査が要請されるとは考えたかもしれないが、先に判示した接見指定についての認識(本件被疑事件のように、連日の被疑者に対する取調べが見込まれ、現にこれが行われている事件については、具体的接見指定要件は常に存在する)を有していることもあって、取調べ開始予定時刻をずらすことが捜査にどのような支障を与えるかについては何ら具体的判断を行っていないというべきである。また、本件当日の取調べ状況を客観的に判断しても、前記二2及び3で認定した本件当日前後の被疑者甲野の取調べ状況及び本件当日の取調べ結果からすると、川崎巡査部長が、本件当日午後一時から取調べを開始する予定であるというのも、単に留置場の日課時間(留置人に規則正しい生活を送らせるための留置場の規則で定めた休憩時間)に合わせて午後の取調べ時間を設定した程度のものにすぎず、午後一時の取調べ開始が捜査にとって格別の意味を有するものでなかったことは容易に推測でき、連日にわたり、午後一時からも夕食時の休憩時間を挾んで約七、八時間の取調べが行われていたことが認められることからしても、特段の事情がない限り、取調べ開始時刻を三〇分程度遅らせ、それを後にずらすことは可能であり、そうしても、捜査の中断による支障が顕著であるとまでは認められず、本件において、右特段の事情を認める証拠はない(結果論ではあるが、一審原告と丙川検事とのやりとりにより午後の取調べ開始時刻が二五分程度遅れたが、これにより捜査に支障が生じたことは一審被告国の主張するところではない。)。」

20  原判決五九頁五行目の「これは、」から六行目までを「右接見拒絶が既に違法と判断される本件においては、その当否を論ずるまでもない。」に改める。

21  原判決五九頁六行目の後に行を改め、次のとおり加える。

「四 丙川検事の過失について

前記認定によると、丙川検事は、本件被疑事件を担当する検察官として、本件申入れに対し具体的接見指定権の有無を判断するにあたり、一審原告の接見開始希望時刻が取調べ開始予定時刻に近接している場合であっても、右取調べの重要性、取調べ開始時刻を遅らせることによる捜査への影響等を具体的に検討して、一審原告の接見希望時間との調整を図った上、なお、一審原告の接見を認めることにより捜査の中断による支障が顕著であるか否かを慎重に検討すべき義務を負っていたものというべきである。しかし、前示のとおり、丙川検事は、本件当日の取調べが利益の配分状況について取り調べるものであることを川崎巡査部長から聞いたのみで、接見指定についての独自の認識を有していることもあって、具体的接見指定要件が存在するものと考え、本件当日前後の被疑者甲野の取調べ状況及び本件当日の取調べ結果からすると、川崎巡査部長が、本件当日午後一時から取調べを開始する予定であるというのも、単に留置場の日課時間に合わせて午後の取調べ時間を設定した程度のものにすぎず、午後一時の取調べ開始が捜査にとって格別の意味を有するものでなかったことは容易に推測できたにもかかわらず、取調べ開始予定時刻をずらすことが捜査にどのような支障を与えるかについては何ら具体的判断を行うことなく、本件申入れを拒絶したことが認められる。

したがって、丙川検事には過失があるというほかない。

一審被告国のこの点に関する主張は、丙川検事が具体的接見指定要件につき十分な検討をしたことを前提としてはじめて成り立つものであり、右前提が認められない本件においては採用できない。」

二  一審原告の損害について

以上認定の事実によると、一審原告は、丙川検事の違法な接見拒絶により、本件当日、被疑者甲野と接見することができなかったものであり、これにより精神的苦痛を蒙ったと認められる。

そこで、右精神的苦痛に対する慰藉料の額につき考える。

本来、接見の違法な拒否に対する救済は、準抗告あるいは違法収集証拠の排除等の手段により当該刑事手続の中で個別になされるべきであることは理の当然である。しかし、本件がそうであるように、これまで、当該刑事事件の弁護人が、準抗告等の不服申立てとは別に(なお、本件では、右不服申立てはなされていない。)、一般的に刑事手続の適正化を図ることを目的として、自らが原告となって、捜査機関の違法行為を理由とする国家賠償請求訴訟を提起し、裁判所の判断を受ける形でその違法性を明らかにしてきたこと並びに実際にも前掲平成三年最高裁判決(なお、この事案では、弁護人から準抗告がなされ、裁判所はこれを認容している。)及び右判決が引用する最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決等により、弁護人の接見交通権の意義とその重要性が明らかにされ、捜査機関の接見指定に関する運用にも見直しが図られてきたこと(一般的指定書について定めていた法務大臣訓令事件事務規程二八条の改正と同規程様式四八号の廃止、具体的接見指定要件の明確化等)は、当裁判所に顕著な事実である。このことからすると、慰藉料算定の基礎となる一審原告の精神的苦痛の範囲は、接見が拒否されたことそれ自体に止まらず、これにより本件訴訟を提起せざるを得なくなったことまでをも含むものであるとの一審原告の主張にも傾聴すべき点がないわけではないが、あくまで本件で請求できる慰藉料は、丙川検事の接見拒否それ自体によって生じた精神的苦痛を慰藉するものに限られるというべきである。したがって、本件申入れの拒否とその後の本件訴訟追行に費やした労力や精神的苦痛との間には相当因果関係を認めることはできない。そうすると、本件申入れが、昼食、休息等のための取調べ中断中の午後零時四五分ころになされたこと、準抗告がなされていないこと、本件申入れ拒否の態様等本件に顕れた諸事情を総合考慮すると、一審原告の慰藉料額は、原審の認定した一万円と認めるのが相当である。

第五  結論

以上によると、一審原告の本訴請求は、一審被告国に対し、一万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は仮執行宣言を不必要として付さないこととしたことを含めて相当であるから、一審原告の控訴及び一審被告国の控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日髙千之 裁判官 野々上友之 裁判官 太田雅也)

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